バッドボーイズ佐田正樹の元ヤンキーエピソード!覚○剤もやってた?

hqdefault元ヤン芸人として有名なバッドボーイズの佐田正樹。

彼は元暴走族、ヤンキーだったと公言し、その武勇伝は数々のテレビや雑誌、また彼自身の著書でも書かれています。

そんな元ヤン芸人、佐田の武勇伝を纏めてみました。

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佐田正樹プロフィール

sata本名:佐田正樹
生年月日:1978年9月13日
出身:福岡県糟屋郡篠栗町
血液型:A型
身長:173cm
体重:67kg

福岡第一高等学校卒業

お笑いコンビ、バッドボーイズのツッコミ担当。

元福岡連合二代目総長。

元々、幼少の頃はいじめられっ子だったと言います。

目がギョロっとしているのでデメキンというあだ名でからかわれていたそうですが、小学生のある日、イジメに耐えかねて反撃してイジメッ子を撃退すると、周囲の目がガラリと変わる。

不良になれば虐められないと思い、そこから不良の道を歩み始めたそうです。

ヤンキーにはよくある話ですね。

ボクサーの辰吉もマイクタイソンも、いじめられっ子から不良へと転身しています。

佐田は元・福岡連合二代目総長及び暴走族「幻影」の元総長で、当時の福岡では最大勢力を誇っていたそうです。当時、佐田が束ねていた人数は200人とか400人とか、なんだかテレビで本人が語る数字がコロコロ変わるので、どれが正解かはわかりませんが、とにかく人数が多かったのは確かなのでしょう(笑)

バッドボーイズ佐田のヤンキー武勇伝

佐田正樹には数々のヤンキー武勇伝があるわけですが、その中からいくつか紹介します。

中学2年、時計店に強盗へ入り危うく逮捕に!?

佐田は中学2年の時、不良仲間と閉店した時計店のショーウィンドーを割って入り、時計を盗んだそうです。しかし、その時計をすぐに質屋に持っていった為に、犯行はあっさりと発覚されてしまいます。

しかし、その時は仲間がかばってくれた為に、逮捕へとは至らなかったようです。

高校入学早々に先輩を殴って停学になってしまう。

高校に入学して早々の出来事。新しく入学してきた一年の中に調子コイてるヤンチャそうな奴はいないかと、2年生のヤンキー連中が廊下から1年生の授業中の教室を覗き、見回りに来たそうです。まぁよくある学校の風景ですねw

そんな中、先輩にナメられまいと2年生にガンをつけた佐田。当然2年のヤンキー連中はシメてやろうと怒り狂います。そのまま教室に入ってきて、「表に出ろ!」と、トイレに連れて行かれ、そこで2年生5~6人からボコボコにされてしまったそうです。

しかし、ヤラれっぱなしで黙っていられない佐田はトイレの掃除道具入れに置いてあったモップを手に取り、去っていく2年生の背後から近づき、その2年生の頭をモップで殴ってしまいます。そのまま騒動になり、先生に取り押さえられた佐田は停学処分となります。

停学が明けてから学校へ登校すると、一年生の間でヒーロー的扱いになっていたそうです。

一年VS二年の全面戦争で勝利!!

入学早々、先輩の頭をモップで殴り、一年のヤンキー連中からは絶大な支持を得た佐田ですが、逆に二年の先輩達からは反感を買っていました。それが原因となり、一年VS二年の全面戦争となってしまいます。まるでクローズの世界ですねw

放課後、1年生と2年生それぞれ約30人程が体育館に集まり、先生の邪魔が入らないよう全てのカギを締め、一年VS二年の全面戦争が始まります。結果、佐田率いる一年が勝利し、佐田の名前は学校全体に広まったそうです。

福岡連合二代目総長に就任。束ねていた人数は400人!?

暴走族「幻影」の総長だった佐田。その幻影の所属する連合体、福岡連合は当時の福岡で最も勢力がある暴走族の連合体だったようです。その二代目総長に就任していた佐田。束ねていた人数は400人と言われています。

しかし、テレビ番組によっては200人と言われる事もあり、どちらが本当なのかはわかりません。ただ、いくつもの暴走族が集まる連合体の総長ですから、それなりの人数を束ねていた事は間違い無さそうです。

ちなみにバッドボーイズのボケ担当、相方の清人は同じ福岡連合の「汝風(なち)」の元メンバーで、福岡連合の連絡隊長を務めていたそうです。

27年間喧嘩無敗伝説

ヤンキーになってからの佐田は喧嘩に一度も負けた事が無かったそうですが、テレビ番組『やりすぎコージー』の芸人格闘王選手権で、打撃なしのグラップリングではあるものの、先輩芸人である山下しげのりに人生で初めて負けてしまい、裏で泣いたそうです。

しかし、ヤンキーとして喧嘩に明け暮れていた頃は一度も負けた事が無いようで、相当喧嘩が強かったようです。

福岡連合恒例『山タイマン』で勢力を拡大!

暴走族同士の抗争というのは何処の暴走族でもよくある話ですが、福岡連合の場合、抗争する際の手段として『山タイマン』と呼ばれる物があったそうです。

『山タイマン』というのは、双方の暴走族が集合している場所に、暴走族OBがフルスモークの車で登場し、お互いの暴走族の総長を車に乗せて山の山頂まで登ります。

そこでお互いの総長を車から降ろして、OBが見守る中、タイマンをするわけですが、勝った奴だけが車に乗って山を下りられるというもの。

この山タイマンで佐田率いる福岡連合は勢力を拡大していったそうです。

佐田の逮捕に福岡県警が必死に!

勢力を拡大し、派手に暴れ回る佐田率いる福岡連合に福岡の警察は皆手を焼いていたそうです。どうにか福岡連合を壊滅させたいと思う警察ですが、人数があまりにも多い。そこで、総長である佐田を捕まえれば組織は壊滅するだという事で、福岡県警は総力を上げて佐田を捕まえようとしたそうです。

集会で暴走行為を繰り広げる佐田を執拗に追う警察ですが、佐田の仲間達の妨害などもあり中々佐田は捕まりません。

そこで警察は福岡連合の1人が集会時にタクシーに暴行した事件をキッカケに、総長である佐田の逮捕状を取り、佐田の家まで行きます。

朝の5時、母親に

「正樹!警察の人が来てる!」

と起こされて玄関へ行くとスーツを来た刑事が並んでいたそうです。そこで逮捕状を突きつけられ、そのまま手錠をはめられ逮捕されてしまいます。

拘留されパトカーで警察署まで行くと、佐田が逮捕された報告を聞いた刑事達が雄叫びを上げて喜んだというのですから、相当に佐田の逮捕に必死になっていた事がわかります。

結局、福岡少年鑑別所に約1か月収容されてしまったそうです。

因に、この逮捕当日は高校の修学旅行当日だったようです。

佐田は小学校の頃は骨折で、中学の時は高熱で、それぞれの理由で修学旅行に行った事が無かったようで、ようやく行ける人生最後の修学旅行のチャンスに相当心躍っていたようですが、結局この逮捕劇の為に修学旅行に行けずじまい。人生で一度も修学旅行に行った事が無いという話です。

高校最後の伝説に残る派手な喧嘩!

佐田が高校3年生ともなると、もはや佐田が強過ぎて誰も喧嘩を売ってくる奴はいない状況になっていました。

校内でも佐田の喧嘩の強さはかなり有名になっていたのですが、佐田の通っていた高校は工業科・商業科・普通科とあり、合計3000人程の生徒がいたそうで、工業科に所属する佐田はあまり商業科や普通科の生徒とは交流が無かったそうです。

そんな中、佐田は見た事の無い商業科の不良グループに昼休みに喧嘩を売られます。

佐田は「高校最後の喧嘩だ!派手にいこう!」という事で、必要以上に相手をボコボコにしてしまったそうです。

相手をボコボコにした佐田は、その相手の不良グループの1人に救急車を呼ぶように捨て台詞を吐くわけですが、救急車を呼んだ事でこの喧嘩が学校だけならず警察にも発覚してしまいます。

警察が学校に駆け寄り、急遽体育館で緊急全校集会が行なわれる事となるのですが、この時の佐田は鑑別所から出てきたばかりの保護観つきであり、今何か問題を起こしたら問答無用で少年院行きという状況だったのです。

その為、バレないよう血のついた服を急いでジャージに着替え体育館に向かいます。

しかし、全校集会で先生から

「この中に殺人鬼がいる。誰か出てくるまで帰さない」

と言われるも、暫くは佐田も黙っていたのですが、2時間を経過した頃、周囲の不満の声も上がり、結局佐田は覚悟を決めて自白する事に。

しかし、喧嘩相手は自分から売った喧嘩だという事で、事件にはせずに結局佐田は少年院行きは免れたそうです。

その時の喧嘩相手とは今でも親友だとか。

覚○剤で廃人寸前に!?自殺も考えた!?

高校3年生の夏頃になると佐田は暴走族を引退します。すると、仲間と離れて1人で過ごす事も多くなったそうです。

暴走族を引退して、将来の事も考え出し、「俺は何がしたいのか」と自問自答する孤独な毎日に悩み続けていた時、初めてシンナーに手を出したそうです。これは著書「デメキン」に書かれています。

幻覚を見たときだけは悩みや寂しさから逃れられたと言います。

これと同じようなエピソードを「やりにげコージー(やりすぎコージーの前身番組)」「ヤンキー列伝」で話していました。

この番組内ではこのシンナーの部分がピー音で掻き消されていましたが、その前後の文脈から読み取ってシンナーについて話してる事は間違いなさそうです。

しかし、僕個人的にはこの「シンナー」実は「覚○剤」では無いかと疑っています。

話の内容は

シンナーをやって廃人同然になっている時に、自殺を決意した佐田。

「死ぬ前にもう1度」と見たのが小学校のアルバム。そこには「10年後、ぼくは田代雅史みたいになっているだろう」と書かれていました。

自分はお笑い芸人になりたいという思いを持っていた事を思い出して、暴走族仲間だった清人に相談。すると清人は

「芸人になったらええやないか。死ぬ事は無か。お前なら立ちなおれるたい。」

と言ってくれ、佐田は涙したと言う内容でした。

その時、最後に涙した佐田は「その時に持っていた○○○を捨てて…」と話しているのですが、もしかしてこれ注射器じゃないかと思っています。

この○○○はやはりピー音で掻き消されたんですが、その時の周囲にいる芸人達が

「あー!着地失敗した!」

「最後にボロが出た!」

などと言っています。そしてその後に今田耕司が

「佐田クンはもうちょっと袖の長い服を着た方がいいね(笑)」

と言っています。こういう文脈考えると、やはり覚○剤では無いか?と思ってしまいます。

また、話の途中に

「シンナーのやりすぎで目がギンギンになって先生に飛びかかっていた」

と話していますが、あまりシンナーで目がギンギンになるって聞いた事がありませんし、見た事もありません。目がギンギンになるのは覚○剤です…。

また、丁度その頃に進路の一つとして暴力団への出入りもしていたそうなので、入手ルートは身近にあったと考えられます。

まぁ、あくまでも僕個人の見解なんですけどね。

結果、清人の言葉で佐田は廃人から立ち直り、バッドボーイズを結成して吉本へ所属し芸人となります。

現在では変なクスリやシンナーは絶対にやっていないでしょうし、今後の活躍も期待しています。

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