【都市伝説】瀧廉太郎は文部省に殺された?若き天才作曲家に仕掛けられた陰謀

getImage「やりすぎ都市伝説」オリラジの中田あっちゃんが語っていた、瀧廉太郎に関する都市伝説が衝撃的すぎでした。

瀧廉太郎と言えば、荒城の月や箱根八里、お正月、花など数多くの有名な曲を作曲していますが、わずか24歳という若さで、当時の不治の病、肺結核によって亡くなっています。

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しかし、オリラジの中田あっちゃんが語った都市伝説によれば、肺結核によって亡くなってしまった事自体がもしかしたら誰かの手によって仕組まれた陰謀だったのかもしれない…という話なのです。

その陰謀説の鍵となるのは、彼が作曲を手掛けた楽曲「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」が握っています。

瀧廉太郎作曲「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」が握る謎とは?

瀧廉太郎は幼稚園唱歌集として数多くの童謡を1900年に作曲しています。

・ほうほけきょ
・ひばりはうたひ
・鯉幟
・海のうへ
・桃太郎
・お池の蛙
・夕立
・かちかち山
・みずあそび
鳩ぽっぽ
・菊
・軍ごっこ
・雀
雪やこんこ
・お正月
・さようなら

上記が瀧廉太郎が手掛けた幼稚園唱歌集です。

タイトルを見てピンとくる楽曲も沢山あります。

上から3番目の「鯉幟

これは「鯉のぼり」と読みます。

そう、ピンと来たように

「屋根よ〜りた〜かい〜鯉の〜ぼ〜り〜♪」

って曲ですね。

そして下から二番目にある「お正月

そう、これはもうわかるように

「も〜い〜くつ寝〜る〜と〜お正月〜♪」

です。

ひじょーに馴染み深い、有名な童謡達ですよね。

そして、今回の話の鍵となる「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」

これも、タイトルを見ればひじょーに馴染み深い有名な童謡だと思うでしょう。

「鳩ぽっぽ」

「ぽっぽっぽ〜鳩ぽっぽ〜♪ま〜めが欲しいかそらやるぞ〜♪」

「雪やこんこ」

「雪やこんこん♪あられやこんこん♪降っては降ってはずんずん積もる♪」

それらを思い浮かべるでしょう。

しかし、違うんです。

瀧廉太郎が手掛けた「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」は全く別の楽曲なんです。

瀧廉太郎作曲「鳩ぽっぽ」
瀧廉太郎作曲「雪やこんこ」

上記に貼ったリンクはYouTubeで聴ける、瀧廉太郎が手掛けた「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」です。

どうでしょうか?ピンと思い浮かんだ、あの童謡とは全くの別曲。

それもそのはず。僕たちに馴染み深い「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」は実は正式な曲名は「鳩」「雪」といった名称が正しいのです。

つまり、タイトルが似ている全くの別曲なのですが、ここが問題です。

歌詞もひじょーに似ているのです!

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画像の左、コチラが瀧廉太郎が作曲した「鳩ぽっぽ」。そして右が僕らに馴染み深い童謡の「鳩」

歌詞を見比べてみると、多少異なる点はあるものの、使っている言葉や内容は殆ど一緒。かなり似ています。

次に

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今度は画像左、こちらが瀧廉太郎作曲の「雪やこんこ」。そして右が僕らに馴染み深い童謡の「雪」

これも殆ど歌詞の言葉、内容、殆ど一緒です。

正直、似すぎています。

ちなみに、瀧廉太郎が手掛けた「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」は幼稚園唱歌として1900年に作曲発表されてます。

そして、僕らに馴染み深い「鳩」や「雪」は1911年に文部省唱歌として発表されています。

これはどう考えても、曲が似すぎています。

僕らにとって馴染み深い「鳩」や「雪」は10年前に発表された瀧廉太郎の楽曲にそっくりすぎる。

これはどう考えても、文部省唱歌として発表された「鳩」や「雪」は瀧廉太郎の楽曲を「パクった」としか思えません。

ちなみに文部省唱歌の「鳩」や「雪」は作詞作曲者共に不明となっています。

しかし、何故に先に作られていたはずの瀧廉太郎の「鳩ぽっぽ」や「雪やこんこ」よりも文部省唱歌の「鳩」や「雪」の方が現代では有名なのでしょうか?

また、ここまでソックリ。もうパクったとしか思えないものが出ているのに瀧廉太郎は何も言わなかったのか?

そう。瀧廉太郎はパクられている事を知りません。

なぜならば瀧廉太郎は1903年に肺結核で亡くなっているんです。

1911年に自分の楽曲をパクったような曲が文部省唱歌として発表された事など、知る由もありません。

しかし、何故に文部省唱歌として作詞作曲者不明の状態で文部省は瀧廉太郎の作品をパクったもの、もとい似ているものを発表しているのか?

また、何故オリジナルの瀧廉太郎の「鳩ぽっぽ」や「雪やこんこ」は文部省唱歌の影に隠れてしまい、僕らの認知度が低くなっているのか?

それは文部省のメンツが関係しているとオリラジの中田のあっちゃんは話しています。

文部省のメンツの為に瀧廉太郎は殺された?

瀧廉太郎が幼稚園唱歌集として「鳩ぽっぽ」や「雪やこんこ」を発表した1900年より13年前の1887年。文部省音楽取締掛が総力をあげて幼稚園唱歌集を作っていました。

しかし、その時の楽曲達は何れも小難しいものばかり。歌詞も文語で全くその時の子供達には受け入れられなかったようです。

その時の幼稚園唱歌集の第一から「心は猛く」の歌詞がコチラ

第一 心は猛く
一 こゝろはたけく。きはつよく。
  うたがひなくて。よくまなべ。
  であえることに。うごかぬ人を。
  ますらをとしも。いふぞかし。
二 ちからもつよく。いさましく。
  おくれずすゝめ。こどもらよ。
  であへる敵に。おそれぬひとを。
  ものゝふとしも。いふぞかし。

はっきり言って、確かに子供に受け入れられるような歌詞とは到底思えません。

実際、この幼稚園唱歌がようやく子供達にまともに歌われるようになったのは瀧廉太郎が手掛けた「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」などのわかりやすい楽曲が生まれてからの話です。

実際、瀧廉太郎が手掛けた幼稚園唱歌がどれだけ認知されたかは、作品集の中にある「お正月」「鯉のぼり」等、今でも歌われる楽曲が沢山ある事からわかると思います。

つまり、文部省が総力を上げても成功しなかった幼稚園唱歌集というプロジェクトが、当時20歳そこそこの青年、瀧廉太郎が手掛けた事により成功されたわけです。

確かに、文部省からすればメンツを潰されたような物となります。

そんな文部省は瀧廉太郎を1901年。つまり幼稚園唱歌集の「鳩ぽっぽ」や「雪やこんこ」が発表された翌年、文部省外国留学生としてドイツに留学させます。

しかし、ドイツに留学した僅か2ヶ月後。瀧廉太郎は肺結核の病に冒されてしまいます。

当時、肺結核は不治の病とされていました。

結局、ドイツ留学は続けられずその後は乳の故郷である大分県で静養の日々を送る事になります。

そして1903年6月29日に瀧廉太郎は死亡。

そして瀧廉太郎が残した自筆の楽譜達はその殆どが、結核菌に冒されてる可能性があるという事で燃やされ処分されてしまいます。

そしてその8年後の1911年。僕らにとって馴染み深い「鳩」や「雪」といった瀧廉太郎の楽曲に似すぎた作品が、文部省唱歌として、作詞作曲者不明の状態で発表。

以降、僕らにとって馴染み深い事からわかるように、この瀧廉太郎の楽曲のパクりソングは広く普及するわけです。

こういった経緯から

瀧廉太郎はメンツを潰された文部省により、追い出すようにドイツに留学させられ、そこで意図的に結核に冒されるように仕組み、ウィルスにより密かに殺害。その後、文部省は彼の作品をパクって彼の名を出さずに普及させた…

そのような仮説が立てられるわけです。

確かに、その当時の明治の世の中は国家絡みで極秘の軍事計画も行っていたりしますし、またドイツと言えば西洋医学の最先端。細菌兵器として結核に…という考え方は出来なくも無い話ではあると思います。

瀧廉太郎が最後に遺した楽曲がめちゃくちゃ怖すぎる!

瀧廉太郎が生涯、最後に遺した楽曲があります。

それは死の4ヶ月前に作曲された

「憾」

というタイトルの曲です。

読み方は「うらみ」。

漢字からすると「恨み」や「怨み」といった怨念の意味では無く、「遺憾の意」という意味合いになります。

つまり、結核という病気により自分の生涯が短い人生で終わってしまうという、遺憾の意を込めた楽曲と取れます。

しかし、その楽曲の雰囲気が、とてつもなく恐ろしい雰囲気を醸し出しています…

瀧廉太郎「憾」

YouTubeのリンクを貼っておきました。聴いた事の無い方は是非聴いてみて下さい。

ピアノのみのインストゥメンタル。

それまでの瀧廉太郎が作曲してきたキャッチーでポップな楽曲達とは全く異観を感じる、ひじょーにダークでディープな印象を感じます。

約2分という楽曲の短さは彼の人生自身の短さを表し、楽曲そのものは彼の静かな怒りや、無念さが伝わってくるようです。

最後の一音は正直鳥肌が立つ程の恐ろしさを僕は感じてしまいました。

メインの旋律よりもオクターブ低い、Dの8分で楽曲は終わります。

音を伸ばさず、ビタっと何か狂気さえ感じる終わり方です。

文部省に殺されたという仮説が正しいかどうかはわかりませんが、自身の人生が短いと悟った中、やりきれない想いを抱え、決してポジティブな思想の中、この楽曲が作られたわけでは無い。何か念が込められ作られた事は確かかもしれません。

この楽曲の楽譜に関しては、自筆譜が遺されているのですが、この楽譜の余白に「Doctor!Doctor!」と走り書きがされていたそうです。

パクられたのは「鳩ぽっぽ」と「雪やこんこ」だけじゃなかった!

瀧廉太郎の「鳩ぽっぽ」と「雪やこんこ」。

これらが文部省にパクられ、異なった曲とされて作詞作曲不明の状態で、僕らに馴染んだ童謡となっているのは先述した通りです。

「やりすぎ都市伝説」でオリラジのあっちゃんが話ていたのは、この二曲だけでしたが、調べていくとまだありました。

文部省にパクられた曲は「鳩ぽっぽ」と「雪やこんこ」だけじゃなかったんです!

それは同じく、幼稚園唱歌の中にありました。

瀧廉太郎が手掛けた幼稚園唱歌集を再度見てみましょう。

・ほうほけきょ
・ひばりはうたひ
・鯉幟
・海のうへ
桃太郎
・お池の蛙
・夕立
・かちかち山
・みずあそび
・鳩ぽっぽ
・菊
・軍ごっこ
・雀
・雪やこんこ
・お正月
・さようなら

わかりましたか?そう桃太郎です!

桃太郎の曲と言えば

「も〜もたろさん、ももたろさん♪おこしにつけたキビダンゴ♪」

って曲がやっぱり馴染み深いと思います。

しかし、この曲は瀧廉太郎の物ではありません。

これは作詞者不明、作曲者が岡野貞一という人物。

そしてこの曲は尋常小学唱歌という文部省唱歌です!

では、瀧廉太郎の桃太郎はどのような曲なのか?

瀧廉太郎「桃太郎」

上記リンクがYouTubeで聴ける、瀧廉太郎の桃太郎です。

どうでしょうか?曲の雰囲気はやはり似ています。

そして歌詞です。

桃太郎 (滝廉太郎 作詞作曲)

  桃太郎さんの、 お供には。
  犬猿雉子の、  三匹よ。
  お供の褒美は、 何やらう。
  日本一の、   黍団子。

歌詞もやはり、僕らが知る桃太郎の曲と同じく、キビダンゴと桃太郎のお供の3匹の動物がメインテーマです。

そして、僕らが知る定番の作詞者不明、作曲者が岡野貞一となっている桃太郎。

実はこの曲も「鳩」や「雪」と同じく1911年に発表されています!

瀧廉太郎が幼稚園唱歌として1901年に「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」「桃太郎」という作品を発表し、

1911年に文部省が「鳩」「雪」「桃太郎」の三曲を瀧廉太郎の名前を消し、多少異なった形で文部省唱歌として発表しているわけです。

これはもう完全にパクっているとしか思えませんよね。

まとめ

瀧廉太郎がメンツを潰された文部省に殺された…と考えるのは少々強引な節が有るとは思いますが、確実だと思えるのは

文部省唱歌は瀧廉太郎の作品をパクっている!

これに関してはほぼそう言ってもいいでしょう。

しかし、何故に文部省はパクらなければいけなかったのでしょうか?瀧廉太郎の楽譜が燃やされてしまい無かったから、残っていた僅かな情報で瀧廉太郎の作品を復刻しようとしたのか?とも考えられますが、そうであれば瀧廉太郎の名前を伏せる必要はありません。

と、いうか現代でも調べれば瀧廉太郎が手掛けた「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」「桃太郎」も全て聴く事が出来るわけで、同じテーマの楽曲を作る必要性がありません。

しかも発表された年の差は1900年と1911年というわずか11年の間です。瀧廉太郎亡き後に、しれっと瀧廉太郎の名前を消して似た様な楽曲を3曲も。明らかに怪しいです。

瀧廉太郎が生きてたら

「お前パクりやがったな!」

とキレられても仕方ないレベルです。

それを文部省がやってる…という点においては、やはり黒歴史のニオイはプンプンに感じてしまいますよね。

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